韓流アイドルのファンの生態らしきもの1

この記事はアメーバブログで書いていたものの再掲です。

韓流アイドルグループ「超新星」「東方神起」「JYJ」のファンとして、そのファン・コミュニティの中で起こる様々な現象を自分なりに観察し、心理学のテキストなどを参考にして書いてきました。
もう少しハードに韓流アイドルとファンとの関係性を追求していきたいと思ったことと、ジェンダーや性暴力なども率直に書いてみたいと思いまして、こちらのはてなブログに引っ越してきました。
 
韓流アイドルのファンがたくさんいて、相互につながっているアメブロでは、私の記事を読むことで傷つく人が出てくるかもしれないと思ったため、また私自身が遠慮することなくテーマに切り込んでいけるように、お引越しした次第です(^ ^) 

では、ブログ記事の始まりです。

私は、韓流アイドルの掛け持ちファンです(笑) 
過去記事を読んで下さった方にはバレバレだと思いますが、私は超新星とJYJと東方神起のコンテンツやライブパフォーマンスを楽しんでいます。 
そして、それぞれのファン・コミュニティを見ていると、(違った部分もあるのですが)共通の特徴が観察されます。 
もしかしたら、私のような掛け持ちファンが相当数いるため、ファン・コミュニティに共通の特徴があらわれるのかもしれません。
 
さて、共通の特徴とは何でしょうか? 
もちろん、ファンのすべてがその特徴を持っているわけではありません。 
ただ、SNSでのファンの言動を見ていると、次のようなことが浮かび上がってくるです。


①ファンの「傷つきやすさ」と「自己愛の満たされなさ」 

ファンは、アイドルや所属事務所・レコード会社の何でもない一言や些細な素振りに対して過剰反応し、傷ついているように見えます。 
傷ついているファンからすれば、それは何でもない一言ではないし、些細な出来事でもないわけですが、ときには侮辱されたと言わんばかりに怒りをあらわにし、アイドルや事務所を攻撃します。
「私たちを大事に扱いなさい」「私たちにもっと配慮しなさい」と。 
 注)私の場合、アイドルにライブイベントなどで楽しませてもらったら良しとするタイプのファンなので、「女とご飯を食べていた」とか「タトゥーを入れた」とか私生活に関する情報は「些細なこと」なんです。 また、ファンではない第3者の客観的な眼差しからすれば、「なぜ、そんなことで怒ったり、傷ついたりしているのか?」とファンの態度を不可解に思い、理不尽さを感じることがあります。 つまり、ファンの傷ついた心情や怒りは主観的なものであり、正当な感情ではないと判断されることがあるのです。

ファンが消費者として所属事務所やレコード会社にクレームをつけることはあると思います。
それなりの金額を払っているのだから、それ相応の商品を欲するのは当然ですよね(^_^;) 

しかし、私が不思議に思うのは、ファンの矛盾する言い回しです。 
ファンは事務所やレコード会社に対して、「私たちをATM扱いしている」「私たちが¥にしか見えてない」と批判的に述べる一方で、「誰がお金を払っていると思うの!」と金の威力をちらつかせて、自分の思い通りにことを運ぼうとする点です。 
「ファン=金」扱いしないでほしいと訴えながら、「韓流アイドルに莫大な利益をもたらしているのは、日本市場(日本のファン)です。アイドルや事務所などの裕福な私生活を支えているのは私たち。そんな私たちがファンをやめたら、あなたたちはどうなるのかわかってます?」と脅迫まがいのセリフを口にします。 

ファンはアイドルや事務所の言動によって「傷ついた被害者である」と主張しながら、脅迫的な言葉でもって相手をコントロールしようとしている感じです。 

「落ち込んだ、傷ついた、幻滅した」と頻繁に叫んでいますが、それは「自分が大切に扱われていない/愛されていない」ことを如実に感じていて、嘆き悲しみ、かつ怒りをにじませて、「もっと私を愛してほしい!」という自己愛の裏返しにすぎないのでは? 
ファンの傷つきやすさは、「自己愛の満たされなさ」に由来するように思われます。 

ファンは現実の日常生活の中で、自己愛(愛されたい欲求)を満たすことが難しいのでしょうか? 
私たちの理想を反映しているアイドルを相手に、つまり虚構の世界の中でしか自己愛(愛されたい欲求)は満たされないと感じてますか? 
現実の目の前の男性を相手にして、自己愛を満たすことはできませんか? 

この問いは、私たちが「男」という存在に何を期待し、どんなロマンティック幻想を抱いているのかということに帰結します。 

ファンとは、アイドル(幻想の男)に対して、とことん「愛を貪る存在」なのかもしれません。 
アイドルを溺愛するファンもアンチファンも、自分を支えてくれて愛情飢餓を癒してくれる人物としてアイドルを常に求めているのかもしれません。